タイムスリップ!江戸時代のお医者さんってどんな人たち?「和」と「洋」の医療事情
タイムスリップ!江戸時代のお医者さんってどんな人たち?「和」と「洋」の医療事情 もし江戸時代にタイムスリップしたら、あなたはどんなお医者さんにかかりますか?ちょんまげを結った漢方医?それとも、なんだか新しいことをしていそうな洋風の医師? 実は江戸時代の医療は、現代の私たちからは想像もつかないほど多様で、そして刺激的な世界でした。今日のブログでは、日本の医療の礎を築いた、江戸時代の「和」と「洋」のお医者さんたちにスポットを当ててみましょう。 「解体新書」の衝撃!未来を切り拓いた西洋医学(蘭方医学) まず、「洋」のお医者さん、つまり**蘭方医(らんぽうい) から見ていきましょう。彼らが日本にやってきたのは、1543年にポルトガル人が種子島に漂着し、鉄砲と共に南蛮医学が伝わったのが始まりです。その後、鎖国によりオランダが唯一の窓口となり、その医学は 「紅毛医学(こうもういがく)」**として知られるようになりました。これは、オランダ人に限らずドイツ人やスウェーデン人なども含まれる西洋人が、当時「紅毛人」と総称されていたことに由来します。 紅毛医学の最大の強みは、なんといっても 外科手術 です。当時の日本にはなかった外科の知識や技術は、多くの患者の命を救いました。 衝撃の『解体新書』 1771年、蘭方医の**杉田玄白(すぎたげんぱく)**らが、死刑囚の解剖を見学した際のエピソードは有名です。彼らが持っていたオランダ語の解剖書『ターヘル・アナトミア』の図が、実際の臓器と寸分違わず一致していることに衝撃を受け、その翻訳を決意。4年もの歳月をかけて1774年に刊行された『 解体新書(かいたいしんしょ) 』は、日本の医学界に「目で見て確かめる」という科学的な思考をもたらしました。 天然痘との闘い 幕末の蘭方医、**緒方洪庵(おがたこうあん) は、当時猛威を振るっていた天然痘から人々を救うため、イギリスで開発された 種痘(しゅとう)**を日本に広めようと尽力しました。最初は「牛痘を接種すると健康を害する」という流言が広まり、誰も来ない時期もあったといいます。それでも洪庵は、貧しい人々に米や銭を与えて来館を促したり、自ら各地で効能を説いたりして、苦労の末にようやく信用を得ていきました。新しい医療技術が社会に根付くには、単に技術の優劣だけでなく、人々の不安を拭い、信...